遠征日記 5月8日

<三浦雄一郎日記>

BC
朝、6時ちょっと前からエベレスト上空付近で飛行機が異常にぐるぐるまわって飛んでいるようだ。起きて外を見ると薄い雲が西からエベレストの上空をかなりの速さで飛ぶように動いている。
でもあれほどの山頂付近の爆音は初めてだ。ゴンに中国聖火隊が登ったのじゃないかときいたら、“いゃ~~いつも飛行機はとんでいるよ、”とのんきなことを言う。隣のネパール軍が騒がしい、全員が起きて手をふったり、叫んでいる。それからしばらくして、“トーチ・サミット、Torch summit”と声があがってきた。 ユウタがドームテンで調べると、世界中のニュースになっているという。
あっちこっちのテントで歓声があがる。これでもうエベレスト登頂に関する無駄な規制が
解除になって、撮影も、さらに明日からはC3-C4とルートを上げることができる。

<三浦豪太日記>

今朝、起きてみると、飛行機がぶんぶん上空を回っていた。
父が隣のテントから
「おい、ごん、もしかしたら聖火があがったのでは!」といっている
外に出てみると、確かに飛行機が飛んではいるが、これはいつものことだ。
それよりも朝から雲がでており、決して登頂日和には見えない。
僕は父に
「いや、いつものことじゃない」と、答えた
すると、向かい側のネパール軍が妙に騒がしい。
おーうぉ、とか、いやーとか叫んでいる
これはただ事ではないと思い、ラクパさんに確認するやいなや、大きな歓声がネパール軍からあがった。すると小川をはさんだ対岸から
「torch success!!!」
といった言葉が聞こえてきた
僕はまさかと思った。
昨日まで、聖火はBCに戻ったとか、撤退したという話しを聞いていただけに、すぐには信じられなかった。
本当かどうかラクパさんに確認するとやはり聖火はたった今、登頂したという。
これまで、かなり不評だった聖火もこのときばかりは少し興奮した。
なにより、聖火にまつわる規制がこれで解除になると思うととても嬉しくなった。
父と兄とでこれでやっと普通の登山活動ができるね、という話をした。

早速、兄がネットでその様子をBBCのサイトから引っ張ってきた。
強風のなか聖火を持った登山家が山頂でトーチを持っている女性らしき人に火を渡す様子がすでに公開されている。
さすが現代だ。もう数十分前におきた出来事がネットで公開されているのだから
それにしても、今日以上に登頂にいい日はたくさんあっただろうに、よりによってなんでこんな日を選んだのだ?
ふと気がつくとそういえば、産経新聞の早坂さんと木村さんがいない。
話を聞くと、早坂さんが昨日のうちに勘が働き、もしかしたら聖火は今日上がるのではと思い、プモリのC1近くまで登りに行って、聖火のスクープ写真を撮りに行ったそうだ。そうだとしたら恐るべしスクープ嗅覚。
お昼前には早坂さんと木村さんが帰ってきた。
撮れました?と聞くと、どうやらエベレストの山頂だけに傘雲がかかっていて、肝心の聖火の受け渡しは見れなかったという。
本当になんというタイミングを聖火の登頂日に持ってきたのだろう。
その後、どういうわけか虹がエベレストの西稜からヌプツェにかけて現れた。
img_1346.jpg
もし聖火のために虹が現れたとしたら少ししゃくだけど、聖火が登頂して、エベレストが再び自由な山になった象徴だと思えば、僕らにとっての祝福の虹にも見えなくはない。

午後3時、ネパール軍より公式発表があるというので、SPCCのテント前にベースキャンプのみんなが集まった。
すると、スニール以下、軍の主だった人たちが、これよりこれまであった規制を解除すると言った内容の発表があった。
みんな興奮気味に
「Free Everest!!!」と叫んでいた。実は僕もそのうちの一人だったけど。
スニールは、これまでのご協力を感謝するといった後、軍は明日、通常のリエゾンを残し撤退するので今まで拘留していた通信機器を回収しにきてくれと最後に付け加えた。
ようやくこれから、通信規制、報道規制、撮影規制、C2から上部のルート規制などが解かれる。
これまで規制に縛られていただけに、あっさりと全てがなくなることが信じられなかった。
ほっとするとともに、ここからが本格的な登山の始まりだなと思った。

僕達の隊はこれから二つの行動に移る
ひとつは、父の本隊だ。
父はこれから10日間かけて疲労を回復する。
高度順化は適度に行われているので、アタック前に万全の体制を整えるのに高度を下げて体力の回復をはかるのだ。
五十嵐さん、村口さんと僕はもう一度高度順化の為、登る。
父の高度順化スタイルは最近行われている、補助酸素の利点をできるだけ使う方法だ。
この方法だと体力が温存されるが高度順化がそれほど進まなくなってしまう。
僕達は、高度順化をもう一度行う、そのことによって体力は奪われるが、高度順化が進む。
どちらの方法がいいとは限らないが、年齢と体力を考えるとこればベストの方法ではないかと思い二手に分かれた
この方法をとることによって、リスクが分散される。ひとつは父が頂上まで登る体力を回復すること、そしてサポートにまわる僕達は、なんらかの事態によって酸素が不足した場合でもそれに対応できるように体を作っておくことができる。
高度順化というのは常に体力と順化のバランスでできている
順化が進めば進むほど体力が奪われる。ちょうどいい接点を見るのが大事だ。
本当は明日から父はディンボチェにいく予定だが、まだC2から降りた疲れが抜けていないので、様子を見てから決めることにした。

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