遠征日記 3月22日

<三浦雄一郎日記>

カトマンズのホテル、夜中に三回ほど目が覚めてしまい、気がついたらあっとゆう間に4時のモーニングコール。5時30出発。空港には沢山のトレッカーたちがいる。
いつもは朝から昼まで飛行機の出発を待ったりするのに、今回はあっという間に飛び立った。朝もやのカトマンズを後にルクラ目指してイエッティ航空のツインオッターが飛んでいく。
40分ほどでヒマラヤの斜面に張り付いたルクラの傾いた滑走路を登りながら、着地。
いつものロッジで朝飯、おいしいジャガイモをほおばっているうちにやっと昇った太陽。
パクディン目指して出発。1ヶ月程前にトレーニングで痛めた右膝内側まだ痛むけど、用心しながらストックを突きつつゆっくりと歩く。心電計で計っても心臓の乱れはないので、一安心。
出発前に、東京のベースキャンプの低酸素室で4000m~5000mに十回ほど入ったせいか、標高2500m前後ではやや息切れはするけど、好調なペースで歩き続ける。
5時間ほどでパクディンに到着。こうした朝の早い移動はのんびり歩いても目的地に早めにつけるので、午後の時間がたっぷりとれて有効だ。夕方パクディンの向かい側の道を、雄大、ごん、五十嵐と歩く。なんとなく懐かしい感じがした ― この道は、1970年のスキー滑降のときに通った道だった。約1時間一汗かいてロッジに戻った。

<三浦豪太日記>

今日からいよいよチョモランマに向けての高度順化が始まった。
朝、4時15分に起きて5時15分にホテルを出発。
今日は珍しく、飛行機がスムースに乗れて、なんとルクラに7時15分に到着した。
いままで、これほどスムースにルクラに行ったことはない。
いつもルクラ近辺の天気が悪く、朝の6時から飛行機を待っても、結局飛ぶのは12時ころになるのはざらだ。
だから、今日ルクラに朝7時についてしまったことにおどろいた。

天気も抜群にいい。ルクラの飛行場からコンデリがくっきりと見える。
ルクラからパクディンに向けてトレッキングを始めたのは、朝食を終えた9時だった。
今回のトレッキングはキャラバンスタイルではなく(自分達でコックを連れて行きセットされたトレッキング)、むしろバックパッキンに近い形だ。

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40年前、エベレスト大滑降に向かう時に通った道のり。今はほとんどこちらは使われていない。

エベレスト街道のバティと呼ばれる宿に止まりそこの食事を頼む。
ここエベレスト街道はバティに困ることがない。
特に最近、ネパールの情勢が安定し始めたため、特にヨーロッパ人やこれまで敬遠していたアメリカ人、オーストラリア人などが大勢入り込み、バックパッキングを楽しんでいる。
その為、ここの街道はとても整備が進んできた。
道は相変わらず、土だが前のようにでこぼこが少なくなっている。また、新しい橋や新しく綺麗なホテルと見間違うようなバティもできている。

やっぱり、ネパールのトレッキングは楽しい。
一週間ほどカトマンズで準備の毎日だったので、新鮮な高所の空気を吸いながら歩くことが幸せに感じる。カトマンズでは20~25度ほどあったのが、ここは朝9度と少しひんやりとした空気を吸うのも新鮮だ。

写真を撮りながらのんびりと歩く。
今日はルクラからパクディンの標高に降りることになる。
あまり道のりも長くないので、ゆっくりと歩いたり、途中のバティでお茶を飲んだりしてのんびりムードだ。

パクディンについてから、昼食を食べるとものすごく眠くなる。今日朝が早かったせいだろう。
夕方、父、兄、そして五十嵐さんと向かいの村に行くことにした。
父は向かう途中、ここは40年近く前にエベレスト大滑降をしたときにジリから通った道だと紹介してくれた。
なかなか歴史のある場所に少し感動する。

明日はナムチェ、ここから1000m近く標高があがる長い道のりだ。

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